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師との出会い、原点に帰る機会 <恩師・中邨章先生>

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久しぶり、というか本当に久しぶりで前回のアップから実に2か月経ってのブログ更新になりました。
以前から更新遅れがあり、その都度、次回からはと言っていましたが、さすがに長すぎました。
というか長すぎたがゆえに、ブログを書きにくい感覚にもなりました。

議員である以上、活動報告をしなければならない、という思いがあります。
そこはフェイスブック(FB)という手段で、これまでその都度の出来事を報告してきたのはお手軽さからであり、その分、ブログは遠ざかってしまいました。

その2月下旬のFBで「詳しくはブログなどで」といしていた報告の「詳しく」を記さなければなりません。
大学時代の政治学・都市政策の恩師が山形へ来県され、恩師のこと、学術的なこと、自らの政治姿勢のことなどなど、とてもFBでは書ききれないこと、その想いをブログで詳しく書きたいとしており、その想いは変わらず今に至ったという次第です。

恩師の明治大学名誉教授である中邨 章(なかむら あきら)先生が山形へ来られるということも実はFBで知ったことであり、FBがあって恩師と十数年ぶりにお目にかかる機会になったけれど、手軽なFB報告ゆえにブログが遠ざかったことは何となく皮肉です。
恩師からの啓示というか、いろんな気づきなど詳細を報告するのにブログは最適と感じながら記すことにします。

その啓示というか、ご縁というものが、中邨先生の来県をFBで知る前にありました。
山形県議会では議会図書館に入った「推薦図書」をその都度、議員執務室の入り口に掲示されております。
そこに、なんと恩師・中邨先生の著書『地方議会人の挑戦』があるではありませんか!
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説明には「地方議員必読の書」とあり早速、議会図書館から借りた次第です。
そんな時に、FBで中邨先生の来県を知ったのです。

中邨先生は日本集団災害医学会の総会・学術集会、いわば全国の医者の先生はじめ医療関係者の研修が数日にわたり山形で開催されるにあたり、政治・行政学の立場から災害時における危機管理についてパネルディスカッションのパネリストとして来県されるということで、ご挨拶を兼ねお伺いしました。
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会場の山形ビッグウィングで中邨先生とお会いするや、最近書いた本でぜひ読むべきと議会図書館から借りた同じ本「地方議会人の挑戦」をサイン入りでいただきました。
学生時代、私・渋間は中邨ゼミの中で、出来の悪い学生だったのですが、サインに「学兄」と見た時、嬉しさでいっぱいになり、また恐縮する思にもなりました。
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医学会で中邨先生が話された災害時における政治・行政としての危機管理のことと、著書『地方議会人の挑戦』に記されていること、更にかつて大学で学んだこととが、天の啓示というのでしょうか、不思議な感覚でピッタリ一致しました。

どういうことか?
中邨先生の著書『地方議会人の挑戦』でいうと、地方議会について記された本は多々ありますが、多くは地方議会の実際を知らず、杓子定規の説明「議会は二元代表制の一方を担い云々・・・」というものですが、制度としてしか地方議会を見ておらず、実際の機能や運営については触れられることは多くありません。

しかし『地方議会人の挑戦』は、テレビ報道などで画一的に言われる地方議会ではなく、地方議会の現実をよく調査・見聞し、実際に即していて、「そう、そういう状況!」と声を出すことしばしばあるほどです。
だからこそ、実際に即したものだからこそ、そこから見えてくる課題と課題解決の方法も説得力があります。
地方議員に理解はあるものの、甘いものではなく、むしろ厳しい指摘も、地方議会を良く知っているからこそと、言えるかもしれません。
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もちろん大学の先生の著書ですから、参考文献など英文のものもあり学術的です。
が、研究者向けというより、県議会図書館司書が「地方議員必読の書」というように、議員はもちろん、多くの市民・県民・国民にも読んでいただきたい本です。

この本の特徴というかダイレクトに著者・中邨章先生の特徴は、プラグマティズム(=実際主義)といえると思います。(先生、違っていたら申し訳ありません、がこのまま進めます・・・)
だから、地方議会に関する本で制度論に終始しない、実際の地方議会の姿が描かれている数少ない本のです。

プラグマティズム(=実際主義)と逆になるのが伝統的学派あるいは古典学派ということになるでしょう。
伝統的学派・古典学派という、有名な哲学者なり経済学者などの定説いわば一元的な定説を現代社会にあてはめ、課題を解決しようとしています。
個人的な定説を鵜呑みにせず現実を直視し、多元的な現実の中から導き出される学説によって課題を解決しようとするのがプラグマティズムと言えると思います。

伝統的学派・古典学派のわかりやすい代表例はマルクスではないでしょうか。
共産主義などはマルクス個人の考えであって、多元的な現実の反映でないことは歴史が証明しています。
ただ、共産主義というものに少なからずの人が心を奪われた「現実」を見るに、マルクスは一種の天才ではないかと思います。
一方で共産主義に心奪われ、それがゆえに破滅し、多くの人々が犠牲になった、あるいは現在進行形で犠牲になっている「現実」も忘れてはなりません。

現実ばかりいうと、それでは「理想」がないのかというと違います。
政治に携わる者にとって理想や夢、志を持つことは当然であり、理想の実現のため、多種多様な現実にアプローチしなければならないものと考えます。
歴史上の極めて多くの理想と現実を見てきた司馬遼太郎の言葉を借りれば「現実を知らず理想ばかり追う者は単なる夢想者にすぎない」のです。

伝統学派・古典学派が悪いとか、プラグマティズム(=実際主義)が正しいとか、学術的なことはわかりませんが、現実的には、伝統学派というだけあって権威があるようです。
ただ権威ある定説の経済政策で失敗することもある、ということは消費増税からして明らかです。

ここにきて伝統学派に対して、プラグマティズムが脚光を浴びて先ごろ読売新聞に取り上げられていました。
というか、伝統学派との比較の問題での脚光であり、相当前から重要な学派であることに変わりありません。

その学問の師である中邨先生の著書、さらに学会でのシンポジウムを聞き、不思議な感覚になったというのは「原点に帰った」ということに他なりません。
なによりも私・渋間の議会活動において、これまでの質問や提言はすべて学術的には中邨先生の教えに基づいて行っているように思えてなりません。
私・渋間の質問や提言がプラグマティズム(=実際主義)に基づいているといっても、それが決して理想や夢のないものではないことは、元同僚や現同僚はわかることだし、県民の皆さまにはネット録画中継などでご覧いただければご理解いただけるものと思います。

何より言いたいことは、師がいる、ということの素晴らしさです。
私自身、政治における師は学術分野、実在過去の政治家などと勝手に師と仰いでいる方も含め複数の師がいます。
師がいる、師と呼べる人がいることは、自分自身の体験からして幸せなことです。

誰しも師がいると思います。
米沢には師を敬う「敬師の里」が関根地区にあります。
おそらく師を敬うというまちづくりをしているのは、全国でもここだけかもしれません。

敬師の里がある米沢に住む者ゆえに、師に対して想いが強くなったのかもしれません。
長々と書いてしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
皆さまの師について想いを寄せる機会になれば幸いです。


師事するとは、⇒⇒⇒ 原点を持つことになると思う

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by shibuma | 2016-05-07 02:20 | Comments(0)
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山形県議会議員 渋間かすみのブログです。議会や議員活動の報告をしていきます。


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